文章Ⅱ この三年ほどかけて、東京新宿のデパートで、販売員の社員研修にかかわっていました。 その中で気づいたのは、販売員のお客様との距離の問題です。ある日、ネクタイの売り場に、四十代ぐらいの男性が一人、スタスタとまっすぐな一直線の動線を描いて入ってきました。歩き方のスピードは、街中よりは遅いものの、デパート内の買い物の場面としては速い方です。51視線がショーケースの上に取り出して陳列してあった数本のネクタイのうち、真ん中あたりのものに止まりました。その瞬間、ぐっと近寄った販売員が間髪を入れずに「いらっしゃいませ、いかがですか。そちら、今年流行の柄です。」 するとこの男性客は、まるで販売員の言葉を無視するかのように、何と逆の方向へ歩き出してしまったのです。52もちろんネクタイは、買わずに、です。 これが客を追い払ういわゆる「客追い動作」と呼ばれるものです。 販売員がせっかくのチャンスを逃してしまった主な原因は何だったのでしょうか。 その答えこそが、「販売員の対人距離のパフーマンスの失敗」なのです。つまり、失敗の第一の理由は、「距離の接近のいきすぎ」にあります。私たちはみな、見知らぬ他人に対して、この範囲内までは近寄らないでほしいという、最小限の私的な空間というものを持っています。ですから、その範囲を超えて 53見知らぬ人が侵入してくることに対しては、「回避」の衝動が発生するわけです。これにはもちろん、その人の属する文化による違いがあり、さらに個人差もあって、54かなり複雑です。 欧米での調査結果では、約3メートルに及ぶ55この距離が、私が1985年から採り続けている日本人対象の実験データでは、1.2メートルぐらい。これはつまり、平均的な大人ならば、お互いに少し手を伸ばすと、相手に触れることが可能な距離です。だからこそ、そこまで他人にだしぬけに近寄られると、お客様は逃げてしまうわけです。 もちろん、数回会ってすでに顔見知りになっている仲とか、友人、恋人はこの限りにあらず、です。 注:間髪を入れずに/立即 パフーマンス/表演 問題:
「この距離」とは、どんな距離か。
A.手を伸ばすと、相手に触れられる距離
B.販売員と客の距離
C.私的な空間の距離
D.友人、恋人の距離
参考答案:C